“求めている結果≒目的”のための手段というお話[公式LINE2025.03.22]

いつもお世話になっております。ウィンドミル菊池教室の榊です。今週も明るく元気に通塾してくれた塾生・体験生の皆さん、送迎など通塾をサポートしてくださった保護者の皆様、本当にありがとうございました!

“求めている結果≒目的”のための手段というお話

先日、お買い物の会計を「有人レジ」で済ませようとしていた一場面。
1,756円の会計に「100円玉が1枚でも多く欲しいな」と思った私は、2,060円をカルトンに置きました。すると、レジの店員さんから「1円玉1枚あったりしますか?」と笑顔で聞かれ、「えー!何と素敵な…!」と心の中で歓喜し、「あります!」と全力で1円玉1枚も置きました(笑)

レジの店員さんの真意は分かりません。でも、前進と善進しか考えてない私は「ああ、店員さんはきっと、“この人はお釣りの小銭の枚数を出来るだけ少なくしたい人なんだろうな”って思ってくれたんだろうな…店員さん、大正解っす!」と勝手に思い(笑)、「1円玉1枚ありますか?」の声掛けで幸せになれました。

私はOFFの時は頭にドがつくほどの人見知りで、その延長でしょうか、店舗に無人レジが在ると安心を覚えます。何なら、無人レジが無いことを理由に買い物を断念したこともあります(笑)なので、昨今の無人レジの増加は、正直かなり嬉しいところです。

無人レジ化するお店側の目的は「人件費等のコストの削減」と明確です。1つの無人レジ機において、私個人と店舗側とで使用目的が違う、こういうのをwin-winと言うのでしょう。
しかし、人見知りではあるものの、レジの店員さんのような瞬間的な気遣いや優さ、いわゆる人間らしい温かみは間違いなく好きで、「人対人」だから得られるものは本当に尊いものです。

教育先進国として、学校など教育現場へのデジタル導入に10年前から力を入れてきたフィンランドでは、最近、それまでのデジタル教材ではなく紙の教材を使うことが一部地域で増えているらしいです。
教育現場のデジタル化が国際的に拡がる昨今において言えば「後退」と言えましょう。しかし、フィンランド側の言い分を読む限りでは「原点回帰」のようです。教育のデジタル化がもたらしたものは良いものだけではなかったらしいです。

日本では2030年度からデジタル教科書が紙の教科書と同様に「正式な教科書」として認められる流れにあります。デジタル教科書と紙の教科書、どちらの要素も含めた「ハイブリッド形式の教科書」、どれを使うかは各地域の教育委員会に委ねるようです。

ちなみに、無人レジユーザーでありながらアナログ意識が高い私は、紙の教科書・紙の教材を推しています。2つ以上の情報を同時に見比べる際に、PC画面を切り替えたり画面を分割したりするよりも、複数の冊子や用紙を机上にバババッと並べた方が、個人的には情報の処理をしやすいと感じているからです。それから「打ち込む」よりも「書き込む」方が好きです(笑)
あと、シンプルに目が疲れます、デジタル端末は(笑)

教材のデジタル化・紙教材への回帰、いずれにせよ無人レジ化のように双方の「目的」が明確になっていることが好ましいです。教育現場のデジタル化自体は「手段」でしかありませんし、勉強そのものも「手段」でしかありません。

子どもたちに何を目的として勉強をして欲しいのか。勉強を通じて何を得て、何を達成して、何を感じて欲しいのか。それさえ明確になっていれば、デジタルか紙かなんて議論は、早々にけりが付く気もします。

最後まで目を通して頂き、ありがとうございました!
来週も宜しくお願い致します!

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