【「普通は…」には注意したい】公式LINE配信メッセージ[2022.06.11]

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いつもお世話になっております。ウィンドミルの榊です!今週も明るく元気に通塾してくれた塾生の皆さん、送迎など通塾をサポートしてくださった保護者の皆様、本当にありがとうございました!

「普通は…」を使うときは注意したい、というお話

先日6月6日は楽器の日、生け花の日など、「お稽古の日」でした。
かつて「稽古始め」は6歳の6月6日に行うというしきたりがあったらしく、それが「お稽古の日」の由来だそうです。そして、その歳のその日に習い事を始めると習い事の上達も早いと言われている、とても縁起の良い日でもありました。

しかしながら、6が3つ並ぶのは欧米諸国の、特にキリスト教徒からは「不吉なこと」とされています。その理由は「666」が獣の数字と呼ばれ、聖書内で世界の終わりに現れる獣が人々に刻印する数字だからだそうです。
70年代後半のアメリカのホラー映画『オーメン』でも使われるように、連続する6は13日の金曜日に匹敵する不吉の象徴なのです。

しかししかし、スピリチュアル系の世界では「666」はエンジェルナンバーと呼ばれており、正直いまいち分かりませんが(笑)、良いことを表しているそうです。

さて、何がお話したいかというと、
「自分が信じる“普通のこと”は、自分だけが信じている“普通のこと”かもしれない」ということです。

同じ「連続する6」でも住んでいる国や所属している宗教や団体によって“普通”が全く異なり、「縁起の良い数字」だったり「不吉な数字」だったりします。

身近なところでは最近ニュースにもなった「コンビニのトイレ利用に関する問題」。コンビニでトイレだけを利用するのは「普通のこと」なのか、トイレだけを利用するのは「普通は失礼」で、ついでに何か買い物をするのが「普通」なのか。同じ人種でも「普通」は異なります。

以前勤めていた進学塾では、塾長から
「自分の常識は他人の非常識だよ~♪」
とよく言われていました。これは前職において僕が面食らった2大発言のうちの1つです(笑)

「大人が普通だと思っていることでも子どもたちにとっては全然普通のことではないし、子ども間でも“普通”は異なる。それに注意しながら教務に臨んで欲しい。」そんな意味を含んでいる言葉だと僕は解釈していました。

なので「普通、この問題は解けるだろ」「1日の勉強時間は、普通○○時間だろ」など、“普通”を使った発言は極力禁句にしていました。

今では、根拠のない“普通”を禁句にしていますが、それでも時々口を滑らせそうになります。

それは人間にとって自分の持っている「普通」が、簡単には曲げることのできない「ルール」でもあるからです。それが生まれながらの意識から来たものか、生活環境の思想から作られたものかは大きな個人差です。

塾の講師だけでなく習い事教室の先生やトレーナーやチューターの方々の仕事の1つは、子どもたちが持っている“ルール”を覆し、別のルールに置き換えることです。
「家に帰ったら普通は勉強しないもの」「休日に勉強する人なんて普通いない」「テスト前日に宿題は終わればいい」などのルールを、その逆に近いルールに置き換えるのです。
なので、そんなことを勝手にしようとする僕らは、子どもからしたらルール違反の侵略者みたいなもので、非常識で無礼な存在なのです。

「今から非常識なことを勧めるよ」なんて入りの言葉はないかもしれませんが、それくらいの感覚をもって提案することが大切だと、今週は考えさせられました。

最後まで目を通して頂き、ありがとうございました。
来週も宜しくお願い致します!

 

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