いつもお世話になっております。ウィンドミル菊池教室の榊です。今週も元気に通塾してくれた塾生の皆さん、送迎など通塾をサポートしてくださった保護者の皆様、本当にありがとうございました!
【チャッピーを使うな!とは言わないけど・・・というお話】
先日、共通テストの過去問を使い、中3生の国語の作文問題を添削・解説していたときのこと。
作文の内容を問い詰めていると、生徒から「…だってチャッピーが言ってた」という発言が出たのを、僕は聞き逃しませんでした(笑)
チャッピーとは、人工知能の研究を行うアメリカの企業・OpenAIがリリースした対話型生成AI・ChatGPTのことです。
なるほど、今どきの中高生はAIを通して得た情報をマジで“教養”としているのかもしれない。
そうである場合、情報の受信者は「AIから得た情報」と判断するか、「AIを介して得た情報」と判断するかで今後の行動が大きく変わるのではないか。そう少しだけ不安になりました。
僕も試しにチャッピーを使ってみました。
決してAIに詳しいわけではありませんが、おそらくチャッピーは、こちら側の質問に対して「信頼性の高いサイト」から「信頼性の高い情報」を引っ張り出して提示したり、場合によっては複数のそれらを組み合わせて提示したりしています。なので提示された情報の文末にはソースのリンクが小さく2つ以上置かれることがあります。ここでいう「信頼性」に僕は不安を感じています。
これもおそらくですが、その信頼性の高低はサイトや情報へのアクセス数、一般人からのレビュー、評価の数値、ネット全体でどれだけ重複して見られるかなどで判断しているのではないでしょうか。以前も書いたように未だAIはただの計算機で、情報と情報の組合せと組み換えをするだけに尽きます。
例えば「固定概念」という誤った日本語を正しい日本語であるかのように多くのサイトが使用していれば、その使用例だったり意味だったりをAIから得られるようになるはずです。
ここから危ぶまれるのは、「判断力」の低下でしょうか。
僕がAIについて調べるときは、有識者の話から都市伝説に至るまで読むようにしていますが、そのなかで慶応大の教授・安宅和人さんは先日次のような投稿をされていました。
「AIがnative的に入り込んでいく世界では、判断の力を育てていた日々の作業がAIに移っていく。だから、ジョギングやジム通いのように、意図的に鍛えざるを得なくなるだろう。(省略)コード書きを任せても、プランニングを任せても、決裁の前には判断が要る。中身を見ずに判を押していいはずがない」
情報学の専門家で、政府からも頼られるような偉大な有識者だからこそ見えた「現代の危機」なんだと思います。
中3共通テストの社会科の範囲内に情報リテラシーとメディアリテラシーという言葉が登場します。対象は異なりますが、どちらも「批判的に評価する」ことを求めています。チャッピーであれ、その他AIやSNSであれ、すぐに同調・受容するのではなく、必要や目的に応じてしっかり吟味し、理解し、判断することが大事であり、そのトレーニングが人を人として育てるのだと僕は考えています。
ちなみに、チャッピーもGoogleのジェミニも「99年公開 名探偵コナン 世紀末の魔術師で原作者である青山先生が原画を手掛けたシーンはどこ?」という僕の質問に未だ満点解答を出せていないので、まだしばらくAIの情報は何重にも調べるべき対象と考えています(笑)
最後まで目を通して頂き、ありがとうございました。来週も宜しくお願い致します!