いつもお世話になっております。ウィンドミル菊池教室の榊です。今週も元気に通塾してくれた塾生の皆さん、送迎など通塾をサポートしてくださった保護者の皆様、本当にありがとうございました!
【その人生を幸せなものにするために学校があるというお話】
昨日は、菊池女子高校から校名の変わった「菊女北辰高校」の塾関係者向けの連絡会に足を運ばせて頂きました。
連絡会の中では高校のイメージビデオも見ることができ、そのビデオの中で荒木校長先生は次のようなお話をされていました。
「人生の幸せの基礎を築くのが、中学校であり、高校であり・・・」
ビデオを見終わってからメモったので、一言一句正しいかどうかは微妙ですが(笑)、とても素敵なことをお話されていました。
「人生の幸せ」という言葉は、その壮大さゆえに、解釈は人それぞれかと思います。同じように「何を幸せと捉えるか?」という問いの答えも人それぞれでしょう。
この問いの答えは、その人の「行動の方向性」を決めているものだと僕は思っています。なぜなら、人は自他の幸福を追求して動き進む生き物だと思っているからです。・・・何やら宗教チックになってしまいました💦
「何があったら幸せか?何に幸せを感じるのか?」と、常日頃、自問自答するのは中学生でも高校生でも大人でも大事なことです。
だから弊塾内でも、特に小中学生の塾生には、それを問い掛けたり、お話したりすることがあります。勿論、一応は“塾屋”なので、学力や成績、受験勉強や進路に関連付けてお話をします。
例えば、僕がちょいちょいお話するのは「選択できるのは幸せなコト」です。
この時期で言えば「どこの高校を受験しようかな?」と進路に選択肢を持てることは幸せなコトだ、と。
極端な例をつくると、済々黌に進学できる実力があっても済々黌に進まないといけないワケではありません。農業系に興味があれば、菊農でも熊農でも、その他興味のある学科や行事のある農高など、どこでも選択できます。また、選択できるという理由から工業系に興味を持ち始めることもあるかもしれません。そのときは熊工でも高専でも、その他どこでも選択できます。文字通り、選り取り見取りの状態です。「どこに進学しようか迷っちゃう✨」なんて、何とも幸せ過ぎる悩みではないでしょうか。
だから、「最大級の幸せ」を得るために、死ぬ気で勉強しましょう、と(笑)
「そうあれば、そうなれば幸せだ。だから私はこう動く」
“幸福追求”は人間の行動の基本原理です。
中3の共通テストの範囲にも登場する、日本国憲法 第13条の幸福追求権は、もとは第14条以降に登場する人権の総称的なモノとされていましたが、60年代の日本経済の発展以降、社会の変化とともに人々が求めた「新しい人権」の憲法上の根拠とされるようになりました。社会変化とともに幸せの在る方向は変わったり分岐したりするものです。
学校とは社会の縮図で、小中高生にとっては世界そのものです。その世界は1年ごと、若しくは数か月、数週間単位で変化していきます。その中で「何が幸せか?」なんて問いは、高速で考えるか、もう考え切れないかです。だからこそ学校での学びは重要です。自然科学・人文科学の知識の習得、社会性・協調性の認識、それらを利用・実演することで、己の最善の幸せとは何かを考え出し、その方向へ動き出すことができるのです。
「自分が幸せになるまでの方向や距離」を学べるのが学校なのだろうと、今回の連絡会で感じることができました。
最後まで目を通して頂き、ありがとうございました。
来週も宜しくお願い致します!